10分日記

誰かに託すのはもっとずっと先でいい

 

将来について考えていたら途端に怖くなった。

 

私自身、やりたいことがいっぱいあって、やっといろんなことを自分の自由で決められるようになってくるこれからの世界を、私が一番、誰よりも楽しみにしていた。

将来ああしよう、こうしよう、このために頑張ってみたい…!そう思えるようなことも、少しずつだけど気づいて、自分も目指してもいいんだと思えるようになってきていた。

 

来年からは子供たちと一緒に頑張って、

そのあとお金がたまったら歌の勉強や芸能に関しての勉強がしたい。

場所に縛られず、海外とかにいきたい。

いろんなところに行きつつ自分の好きな文を書くことで生きていきたい。

人の心に寄り添う…カウンセラーとか、臨床心理士とか。そういうお仕事もいいなって。

あとは誰かの帰ってこれる場所「よりみち屋」を実現させるのもいいなと思ったり。

 

でもどんどんそういうのを考えているうちに怖くなってしまった。

 

私の、本当にやってみたいことはそれなのかな?と。

 

私が最近やっと気づいたやってみたいと思っていたことは、武道館のステージ側に立ちペンライトの光の海を見ること。歌うこと。踊ること。自分の楽しいを思い切り表現すること。

 

自分自身を表現すること。

自分自身の楽しいを追いかけること。

 

でも将来を考えれば考えるほど、自分のその夢はどこかに消え、誰かに託すような思いになってしまう。

自分の夢を誰かに預け、誰かに乗せて、それで満足する自分の姿が見えた気がした。

 

その瞬間、心が痛んだ。

 

 

当たり前だ。私たちの人生まだまだこれから!っていうのに、もうすでに自分の夢ややりたいことを頭の中だけでも他の人に託そうとしていたのだから。

当たり前だ。他の人に託したって私たち自身の願いが叶うわけじゃない、その願いを叶えたいのは他でもない私たち自身なのだから。

それなのにその夢や叶えたいことを、将来を考えるうちになぜか諦めてしまっていて、手放してしまっていて、自分自身の望みをいつの間にか自分で追いかけず羨ましい気持ちで見ている自分がいた。

 

 

すぐこうなの。

 

 

諦めグセが付いてるというか、自分だけは例外だと思ってしまう癖。

いつもいつも自分の幸せとか、自分のやりたいとか願いとか安心とか笑顔とか後回しにしてきたというか、その時は自分の心を守るためにそうしていたから、その癖が抜けきっていなくて、すぐ誰かのために動き自分の願いや望みを忘れそうになる。

 

でもそれじゃ、私は結局幸せになれないって気づいたから。

それにもう、我慢する必要はないんだって気づけたから。

 

 

自分のやりたいを、自分の夢を、誰かに託すのはもっとずっと先でいい。

身体が動かなくなって、自分の力じゃできなくなったとき誰かに託せばいい。

でもそもそも、それまでにやり切っちゃえばいい。

年をとってもやりたいことがやれる身体・心であるように磨き続ければいい。そういう環境に身を置けるようにしておけばいい。

 

 

すぐ誰かの願いを叶えようとしてしまうけれど、そんなの私たち自身のことが終わってからでいい。

自分自身の夢や願いが見えているなら、それに向かって走り出して。わき目なんかしなくていい。

 

誰かに託すだなんて、もっとずっと先でいい。

 

 

私たちの願いは私たちで叶えにいこう。誰よりも強く望んでいるあなたのために。

 

 

ABOUT ME
りゆ
世界一幸せな女性です。ビビり。ライター,歌い手,心理カウンセラーの3本柱を作るべく活動中。ブログ書いたり、歌ったり、三線を弾いたり、カウンセリングしたり、小説書いています。好きなものは大豆製品と MASAAKi TAKAHASHi 。特技は布団干し。前田デザイン室ぬけだ荘住人。