10分日記

NOと言わせない日本人

 

日本人って、NOと言えないわけではないんじゃないか。

 

相手が「あなたのためと思って」と用意してくれたことや、また相手を立てようとして自分の意見よりも相手のことを優先しNOと言わないときがある。

もちろん「NOと言おうと思えば言えることじゃん!!」と言われたら表面上はそれはそうなのでその主張はなにも間違いだとは思わない。

 

 

では、同調圧力や暗黙の了解を使われたらどうだろう。

しかもそれが、自分の心や生活を脅かす可能性があるものだったら。

 

 

自分がその環境で生活していくしかないときに、その環境のリーダー格に日との意見には逆らえなくなる。逆らったら自分が生活できなくなるからだ。

その地域に暗黙の了解があったなら、なおさら動きにくくなる。

 

逆らってその環境から飛び出せばいいと言われても、飛び出した後自分の力だけで生きていける自信が自分の中になければ動き出せない人もいるだろう。

そもそも外に飛び出すための最低限の知力や財力がない場合もある。となると、力がつくまではそこで生きる選択をする人が多いだろう。

かまわず飛び出すこともできるけれど。(それはケーズバイケース。

 

外の世界を知らなければその空間で耐えるしかないと考えがちだ。私も以前はそうだった。

その世界がおかしいと言われても、その世界しか知らなかったからどういうことか分からなかった。言っている意味が分からなかった。

目から鱗が落ちクリアな世界が見えるまで時間を要した。

 

 

プラスな想いでも、マイナスな圧力でもその状況で断れば自分の心or生活がダメになると本人が思えばNOとは言えなくなるのだ。

自分の心を守るために、自分の心が壊れてしまう前に本当は無実のところを私がやりましたと認めてしまうかのように。

それでもNOと言い続けなきゃという人は、同じような状況に自分がたたされた時その言葉を自分に言えるかどうかイマジネーションを膨らませてみてほしいなと思う。結果も教えて欲しいな。

 

 

要するに、自分の意見「NO!」を伝えれば自分の心もしくは生活が危ういと本能的に判断するような状況下にいた場合、NOとは言いたくても言えなくなるんじゃないかなと思う。

そしてその後、自分の意見を言う練習をする機会がないまま大人になると、NOと言いたくても言えない、NOの言い方が分からない大人が出来上がるんじゃないかと思う。

 

あとは自分の意見の伝え方が分からなくて、それを伝えるために考えることが面倒で伝えることを諦めちゃってNOも何も言わなくなるか。

 

 

そんな残念な大人にはなりたくないし、だから案外、NOと言えなかったり自分の意見が言えないっていうのは自分のせいじゃないかもしれない。という話。

 

練習する機会とその場があれば変われるから、じゃあそういう場所を作りたいなという話でした。

 

 

ABOUT ME
りゆ
本と音楽と水が好き。階段で子供と全力グリコじゃんけんをするのが本職。趣味は作詞作曲歌みた作り。週1ラジオ #りゆトーク Spoonで配信中。「自分の知りたかったは誰かの知りたい」という信条とノリでりゆブログを更新中。